BARCELONA(バルセロナ)
PAU(ポー)を後にし、ピレネー山脈を抜け、スペインに入り、カタルーニャ州のBARCELONA(バルセロナ)に行きました。ポーからはバルセロナへ行くには、ピレネー山脈を抜ける「山のコース」とTOULOUSE(トゥ―ルーズ)―PARPIGNON(パルピニヨン)を通る「海に近い高速(海は見えません)のコース」があります。
私達はトゥ―ルーズからポーに入ったので、ピレネー山脈を抜ける「山のコース」を選びました。
ピレネーの山と谷、そして渓谷がとても美しい道でした。フランスととスペイン国境は山の長いトンネルの中でした。トンネルを通っている時にパネルが出ていて「ここからはスペイン」と書かれていました。EC圏内ヨーロッパの国境はあまりにも簡単で「もう国境を越えたの?」という感じです。
スペイン側に入ると急に緑が少なくなり、乾燥した土地が続く風景となりました。このままスペインの高速を通ってバルセロナに入ります。
バルセロナはガウディの建築が大好きで既に何度か来ていたので、今回はミロの美術館とピカソの美術館、
そして"La Boqueria(ラ ボケリア)"食品市場、サンタ エウラリア大聖堂をぜひ見たいと考えました。
まずは昼食の為ラ ボケリア食品市場に行き、市場横のカフェでタパスをべました。タパスはスペインでは軽食として、幾つかの小皿料理を注文するものですが、見て下さい。昼食としても十分すぎるほどです。
ラ ボケリア食品市場の後、やはり街の中心部にあるサンタ エウラリア大聖堂とその隣の市立美術館に行きました。
サンタ エウラリア大聖堂はその規模の大きさに驚きました。内部にはパティオ(中庭)も有りありました。
その隣の市立美術館では恐怖政治と抑圧が続いたフランコ政権時代の写真展が開かれていました。
ピカソの美術館はバルセロナの中心部のサンタ エウラリア大聖堂の近くにありました。
こちらはパリのピカソ美術館より彼の初期の作品が多く展示されています。実は以前に行ったことが有るのですがパリのピカソ美術館と比較した目で見てみたいと考えました。
まずピカソ美術館に着いて驚いたのは、入場券を買う為に待つ人達の列でした。恐らく街の中心部にあることから訪れる観光客がとても多い様です。
1時間位待ってやっと中に入ると、ピカソの比較的若い時の作品が並んでいました。勿論クキュービズムになってからの作品や陶器の作品も紹介されています。
ピカソは作品が多いことでも知られていますが、その情熱は計りしれないほど強いものだったことを感じます。
ムンジュイックの丘にミロ(ジョアン ミロ)の美術館はありました。ムンジュイックの丘全体が公園の様になっていてその一部の近代的な建物がミロの美術館でした。沢山のミロの作品の展示は勿論、彼の経歴や彼が作品を製作している途中のビデオ等を見るこちが出来ます。カフェやレストラン、グッズの売店等全てが心地よく時間が経つのも忘れてしまいます。
最期の夕食は海岸沿いのベイエリアにあるレストランを選びました。
この辺りは若い人達も多くとても活気に溢れています。
これは魚介のパエリア、とバカラオという魚のムースです。私はパエリアを食べましたがとても美味しかったです。
私の夫の甥っ子とそのフィアンセカップルです。彼等はパラグアイ出身ですが、甥っ子はパラグアイ人とフランス人のハーフです。二人とも今年からバルセロナでお医者さん一年生として働き始めました。
今回バルセロナに来たのは、彼らに会うことが大きな目的でした。
数日間バルセロナに対峙した後、私達は、ゆっくりと(バカンス帰りの人達の車がとても多くで渋滞していたこともあり)パリに戻りました。
私達はトゥ―ルーズからポーに入ったので、ピレネー山脈を抜ける「山のコース」を選びました。
ピレネーの山と谷、そして渓谷がとても美しい道でした。フランスととスペイン国境は山の長いトンネルの中でした。トンネルを通っている時にパネルが出ていて「ここからはスペイン」と書かれていました。EC圏内ヨーロッパの国境はあまりにも簡単で「もう国境を越えたの?」という感じです。
スペイン側に入ると急に緑が少なくなり、乾燥した土地が続く風景となりました。このままスペインの高速を通ってバルセロナに入ります。
バルセロナはガウディの建築が大好きで既に何度か来ていたので、今回はミロの美術館とピカソの美術館、
そして"La Boqueria(ラ ボケリア)"食品市場、サンタ エウラリア大聖堂をぜひ見たいと考えました。
まずは昼食の為ラ ボケリア食品市場に行き、市場横のカフェでタパスをべました。タパスはスペインでは軽食として、幾つかの小皿料理を注文するものですが、見て下さい。昼食としても十分すぎるほどです。
ラ ボケリア食品市場の後、やはり街の中心部にあるサンタ エウラリア大聖堂とその隣の市立美術館に行きました。
サンタ エウラリア大聖堂はその規模の大きさに驚きました。内部にはパティオ(中庭)も有りありました。
その隣の市立美術館では恐怖政治と抑圧が続いたフランコ政権時代の写真展が開かれていました。
ピカソの美術館はバルセロナの中心部のサンタ エウラリア大聖堂の近くにありました。
こちらはパリのピカソ美術館より彼の初期の作品が多く展示されています。実は以前に行ったことが有るのですがパリのピカソ美術館と比較した目で見てみたいと考えました。
まずピカソ美術館に着いて驚いたのは、入場券を買う為に待つ人達の列でした。恐らく街の中心部にあることから訪れる観光客がとても多い様です。
1時間位待ってやっと中に入ると、ピカソの比較的若い時の作品が並んでいました。勿論クキュービズムになってからの作品や陶器の作品も紹介されています。
ピカソは作品が多いことでも知られていますが、その情熱は計りしれないほど強いものだったことを感じます。
ムンジュイックの丘にミロ(ジョアン ミロ)の美術館はありました。ムンジュイックの丘全体が公園の様になっていてその一部の近代的な建物がミロの美術館でした。沢山のミロの作品の展示は勿論、彼の経歴や彼が作品を製作している途中のビデオ等を見るこちが出来ます。カフェやレストラン、グッズの売店等全てが心地よく時間が経つのも忘れてしまいます。
最期の夕食は海岸沿いのベイエリアにあるレストランを選びました。
この辺りは若い人達も多くとても活気に溢れています。
これは魚介のパエリア、とバカラオという魚のムースです。私はパエリアを食べましたがとても美味しかったです。
私の夫の甥っ子とそのフィアンセカップルです。彼等はパラグアイ出身ですが、甥っ子はパラグアイ人とフランス人のハーフです。二人とも今年からバルセロナでお医者さん一年生として働き始めました。
今回バルセロナに来たのは、彼らに会うことが大きな目的でした。
数日間バルセロナに対峙した後、私達は、ゆっくりと(バカンス帰りの人達の車がとても多くで渋滞していたこともあり)パリに戻りました。
by fugas
| 2013-08-31 06:08
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